厨川停車場   (一九二二・六・二・)

   

   (もうすっかり夕方ですね。)

   けむりはビール瓶のかけらなのに、

   そらは苹果酒(サイダー)でいっぱいだ。

   (ぢゃ、さよなら。)

   砂利は北上山地製、

   (あ、僕、車の中ヘマント忘れた。

    すっかりはなしこんでゐて。)

   

   (あれは有名な社会主義者だよ。

    何回か東京で引っぱられた。)

   髪はきれいに分け、

   まだはたち前なのに、

   三十にも見えるあの老けやうとネクタイの鼠縞。

   

   (えゝと、済みませんがね、

    ほろぼろの朱子のマント、

    あの汽車へ忘れたんですが。)

   (何ばん目の車です。)……

    (二等の前の車だけぁな。)

   

   Larix, Larix, Larix,

   青い短い針を噴き、

   夕陽はいまは空いっぱいのビール、

   かくこうは あっちでもこっちでも、

   ぼろぼろになり 紐になって啼いてゐる。