手簡

   

   雨がぽしゃぽしゃ降ってゐます。

   心象の明滅をきれぎれに降る透明な雨です。

   ぬれるのはすぎなやすいば、

   ひのきの髪は延び過ぎました。

   

   私の胸腔は暗くて熱く

   もう醗酵をはじめたんぢゃないかと思ひます。

   

   雨にぬれた緑のどてのこっちを

   ゴム引きの青泥いろのマントが

   ゆっくりゆっくり行くといふのは

   実にこれはつらいことなのです。

   

   あなたは今どこに居られますか。

   早くも私の右のこの黄ばんだ陰の空間に

   まっすぐに立ってゐられますか。

   雨も一層すきとほって強くなりましたし。

   

   誰か子供が噛んでゐるのではありませんか。

   向ふではあの男が咽喉をぶつぶつ鳴らします。

   

   いま私は廊下へ出やうと思ひます。

   どうか十ぺんだけ一諸に往来して下さい。

   その白びかりの巨きなすあしで

   あすこのつめたい板を

   私と一諸にふんで下さい。

   

             (一九二二、五、一二、)