一本木野

   

   松がいきなり明るくなつて

   のはらがぱつとひらければ

   かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え

   電信ばしらはやさしく白い碍子をつらね

   ベーリング市までつづくとおもはれる

   すみわたる海蒼(かいさう)の天と

   きよめられるひとのねがひ

   からまつはふたたびわかやいで萌え

   幻聴の透明なひばり

   七時雨(ななしぐれ)の青い起伏は

   また心象のなかにも起伏し

   ひとむらのやなぎ木立は

   ボルガのきしのそのやなぎ

   天椀(てんわん)の孔雀石にひそまり

   薬師岱赭(やくしたいしや)のきびしくするどいもりあがり

   火口の雪は皺ごと刻み

   くらかけのびんかんな稜は

   青ぞらに星雲をあげる

      (おい かしは

       てめいのあだなを

       やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)

   こんなあかるい穹窿(きうりう)と草を

   はんにちゆつくりあるくことは

   いつたいなんといふおんけいだらう

   わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる

   こひびととひとめみることでさへさうでないか

      (おい やまのたばこの木

       あんまりヘんなおどりをやると

       未来派だつていはれるぜ)

   わたくしは森やのはらのこひびと

   芦(よし)のあひだをがさがさ行けば

   つつましく折られたみどりいろの通信は

   いつかぽけつとにはいつてゐるし

   はやしのくらいとこをあるいてゐると

   三日月(みかづき)がたのくちびるのあとで

   肱やずぼんがいつぱいになる

 

 


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(宮澤家本は手入れなし)