過去情炎

　　　アカシアの根を截れば樹液がにじみ

　　　あたらしい腐植のにほひを嚊ぎながら

　　　きらびやかな雨あがりの中にはたらけば

　　　おれは移住の清教徒(ピユリタン)だ

　　　雲はぐらぐらゆれて翔けるし

　　　梨の葉にはいちいち精巧な葉脈があって

　　　短果枝には雫がレンズになり

　　　そらや木やすべての景象ををさめてゐる

　　　わたくしがここを環に堀ってしまふあひだ

　　　その雫が落ちないことをねがふ

　　　なぜならいまこのちいさなアカシヤををったあとで

　　　わたくしは鄭重(ていちやう)にかがんでそれに唇をあてる

　　　おりえりのシャツやぼろぼろの上着をきて

　　　企らむやうに肩をはりながら

　　　そっちをぬすみみてゐれば

　　　ひじやうな悪漢(わるもの)にもみえやうが

　　　わたくしはそれでいゝとおもふ

　　　なにもかもみんなたよりなく

　　　なにもかもみんなあてにならない

　　　これらげんしゃうのせかいのなかで

　　　そのたよりない性(せい)しつが

　　　こんなきれいな露になったり

　　　いぢけたちいさなまゆみの木を

　　　紅(べに)からやさしい月光いろまで

　　　豪奢な織物に染めもする。

　　　そんならもうアカシヤの木もほりとられたし

　　　いまはまんぞくしてたうぐわをおき

　　　わたくしは待ってゐたこひびとにあふやうに

　　　応揚(おうやう)にわらってその木のしたへゆくのだけれども

　　　それはひとつの情炎(じやうえん)だ