火薬と紙幣

   

   萓の穂は赤くならび

   カシュガルの苹果の果肉よりもつめたい雲だ

   鳥は一ぺんに飛びあがって

   ラッグの音譜をばら撒きだ

      古枕木を灼いてこさえた

      黒い保線小屋の秋の中では

      四面体聚形(しゆうけい)の一人の工夫が

      米国風のブリキの缶で

      たしかメリケン粉を捏(こ)ねてゐる

   鳥はまた一つまみ、空からばら撒かれ

   一ぺんつめたい雲の下で展開し

   こんどは巧に引力の法則をつかって

   遠いギリヤーク電線にあつまる

      赤い碍子のうへにゐる

      そのきのどくなすゞめども

      きのどくさは口笛を吹いてゐるためか

      それともこんな新らしい濃い空気からくるか

   森はみんな群青に泣いてゐるし

   松林なら地被もところどころ剥げて

   酸性土壌ももう十月になったのだ

      私の着物もすっかり threadbare

      その陰影のなかから

      逞ましい向ふの土方がくしやみをする

   氷河が海にはいるやうに

   白い雲のたくさんの流れは

   枯れた野原に注いでゐる

     だからわたくしのふだん決して見ない

     小さな三角の前山なども

     はっきり白く浮いてでる

   栗の梢のモザイックと

   鉄葉細工(ぶりきざいく)のやなぎの葉

   水のそばでは堅い黄いろなまるめろが

   枝も裂けるまで実ってしまった

      (こんどばら撒いてしまったら……

       ふん、ちゃうど四十雀のやうに)

   雲が縮れてぎらぎら光るとき

   大きな帽子をかぶって

   野原をおほびらにあるけたら

   おれはそのほかにもうなんにもいらない

   火薬も燐も大きな紙幣もほしくない

   ピアノのレコードだってあきらめてあきらめられなくない。

 

 


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