雲とはんのき

   

   沼はきれいに鉋をかけられ

   朧ろな秋の水ゾルと

   つめたくぬるぬるした蓴(じゆん)

   西から沼にそゝぐのは

   ゆふべ一晩の雨でできた

   陶庵だか東庵だかの蒔絵の

   精製された水銀の川です

   アマルガムにさへならなかつたら

   銀の水車でもまはしていい

   無細工な銀の水車でもまはしていい

      (赤紙をはられた火薬車だ

       あたまの奥ではもうまつ白に爆発してゐる)

   無細工の銀の水車でもまはすがいい

   カフカズ風に帽子を折つてかぶるもの

   感官のさびしい盈虚のなかで

   貨物車輪の裏の秋の明るさ

     (ひのきのひらめく六月に

      おまへが刻んだその劃は

      やがてどういふ重荷になつて

      おまへに男らしい償ひを強ひるかわからない)

    手宮文字です 手宮文字です

   こんなにそらがくもつて来て

   山も大へん青ぐらくなり

   豆畑だつてほんたうに白くかなしいのに

   その山稜と雲との間

   あやしい光の微塵にみちた

   幻惑の天がのぞき

   またそのなかにはかがやきまばゆい積雲の一列が

   こころも遠くならんでゐる

   これら葬送行進曲の層雲の底

   鳥もわたらない清澄(せいたう)な空間を

   わたくしはたつたひとり

   つぎからつぎと冷たいあやしい幻想を抱きながら

   一挺のかなづちを持つて

   南の方へ石灰岩のいい層を

   さがしに行かなければなりません

   

 


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