鈴谷平原

   

   蜂が一ぴき飛んで行く

   琥珀細工の春の器械

   蒼い眼をしたすがるです

      (私のとこへあらはれたその蜂は

       ちやんと抛物線の図式にしたがひ

       さびしい未知へとんでいつた)

   チモシイの穂が青くたのしくゆれてゐる

   それはたのしくゆれてゐるといつたところで

   荘厳ミサや雲環(うんくわん)とおなじやうに

   うれひや悲しみに対立するものではない

   だから新らしい蜂がまた一疋飛んできて

   ぼくのまはりをとびめぐり

   また茨や灌木にひつかかれた

   わたしのすあしを刺すのです

   こんなうるんで秋の雲のとぶ日

   鈴谷平野の荒さんだ山際の焼け跡に

   わたくしはこんなにたのしくすわつてゐる

   ほんたうにそれらの焼けたとゞまつが

   まつすぐに天に立つて加奈太式に風にゆれ

   また夢よりもたかくのびた白樺が

   青ぞらにわづかの新葉をつけ

   三稜玻璃にもまれ

      (うしろの方はまつ青ですよ

       クリスマスツリーに使ひたいやうな

       あをいまつ青いとどまつが

       いつぱいに生えてゐるのです)

   いちめんのやなぎらんの群落が

   光ともやの紫いろの花をつけ

   遠くから近くからけむつてゐる

      (さはしぎも啼いてゐる

       たしかさはしぎの発動機だ)

   こんやはもう標本をいつぱいもつて

   わたくしは宗谷海峡をわたる

   だから風の音が汽車のやうだ

   流れるものは二条の茶

   蛇ではなくて一ぴきの栗鼠

   いぶかしさうにこつちをみる

     (こんどは風が

      みんなのがやがやしたはなし声にきこえ

      うしろの遠い山の下からは

      好摩の冬の青ぞらから落ちてきたやうな

      すきとほつた大きなせきばらひがする

      これはサガレンの古くからの誰かだ)

 

 


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(宮澤家本は手入れなし)