樺太鉄道

   

   やなぎらんやあかつめくさの群落

   松脂岩薄片のけむりがただよひ

   鈴谷山脈は光霧か雲かわからない

     (灼かれた馴鹿の黒い頭骨は

      線路のよこの赤砂利に

      ごく敬虔に置かれてゐる)

    そっと見てごらんなさい

    やなぎが青くしげってふるえてゐます

    きっとポラリスやなぎですよ

   おお満艦飾のこのえぞにふの花

   月光いろのかんざしは

   すなほなコロボツクルのです

     (ナモサダルマプフンダリカサスートラ)

   Vant Hoff の雲の白髪の崇高さ

   崖にならぶものは聖白樺(セントペチユラアルバ)

     (O, my reverence, Sacred St. Vetura alba!)

   青びかり野はらをよぎる細流

   それはツンドラを截り

      (光るのは電しんばしらの碍子)

   夕陽にすかし出されると

   その緑金の草の葉に

   ごく精巧ないちいちの葉脈

      (樺の微動のうつくしさ)

   黒い木柵も設けられて

   やなぎらんの光の点綴

    (こゝいらの樺の木は

     焼けた野原から生えたので

     みんな大乗風の考をもってゐる)

   にせものの大乗居士どもをみんな灼け

   太陽もすこし青ざめて

   山脈の縮れた白い雲の上にかかり

   列車の窓の稜のひととこが

   プリズムになって日光を反射し

   草地に投げられたスペクトル

    (雲はさっきからゆっくり流れてゐる)

   日さへまもなくかくされる

   かくされる前には感応により

   かくされた后には威神力により

   まばゆい白金環(はくきんくわん)ができるのだ

     (ナマサダルマプフンダリカサスートラ)

   たしかに日はいま羊毛の雲にはいらうとして

   サガレンの八月のすきとほった空気を

   やうやく葡萄の果汁(マスト)のやうに

   またフレツプスのやうに甘く醗酵させるのだ

   そのためにえぞにふの花が一さう明るく見え

   松毛虫に食はれて枯れたその大きな山に

   桃いろな日光もそそぎ

   すべて天上技師 Nature 氏の

   ごく斬新な設計だ

   山の襞(ひだ)のひとつのかげは

   緑青のゴーシュ四辺形

   そのいみじい玲瓏(トランスリユーセント)のなかに

   からすが飛ぶと見えるのは

   一本のごくせいの高いとどまつの

   風に削り残された黒い梢だ

     (ナモサダルマプフンダリカサスートラ)

   結晶片岩山地では

   燃えあがる雲の銅粉

      (向ふが燃えればもえるほど

       ここらの樺ややなぎは暗くなる)

   こんなすてきな瑪瑙の天蓋(キヤノピー)

   その下ではぼろぼろの火雲が燃えて

   一きれはもう錬金の過程を了へ

   いまにも結婚しさうにみえる

    (濁ってしづまる天の青らむ一かけら)

   いちめんいちめん海蒼のチモシイ

   めぐるものは神経質の色丹松(ラーチ)

   またえぞにふの紫檀の柵

   こんなに青い白樺の間に

   鉋をかけた立派なうちをたてたので

   これはおれのうちだぞと

   その顔の赤い愉快な百姓が

   井上と少しびっこに大きく壁に書いたのだ

 

 


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