マサニエロ

   

   城のすすきの波の上には

   伊太利亜製の空間がある

   そこで烏の群が踊る

   白雲母のくもの幾きれ

      (濠と橄欖(かんらん)天蚕絨(びらうど)、杉)

   ぐみの木かそんなにひかつてゆするもの

   七つの銀のすすきの穂

    (お城の下の桐畑でも、ゆれてゐるゆれてゐる、桐が)

   赤い蓼(たで)の花もうごく

   すゞめ すゞめ

   ゆつくり杉に飛んで稲にはいる

   そこはどての陰で気流もないので

   そんなにゆつくり飛べるのだ

     (なんだか風と悲しさのために胸がつまる)

   ひとの名前をなんべんも

   風のなかで繰り返してさしつかえないか

     (もうみんな鍬や縄をもち

      崖をおりてきていゝころだ)

   いまは鳥のないしづかなそらに

   またからすが横からはいる

   屋根は矩形で傾斜白くひかり

   こどもがふたりかけて行く

   羽織をかざしてかける日本の子供ら

   こんどは茶いろの雀どもの抛物線

   金属製の桑のこつちを

   もひとりこどもがゆつくり行く

   蘆の穂は赤い赤い

     (ロシヤだよ、チエホフだよ)

   はこやなぎ しつかりゆれろゆれろ

     (ロシヤだよ ロシヤだよ)

   烏がもいちど飛びあがる

   稀硫酸の中の亜鉛屑は烏のむれ

   お城の上のそらはこんどは支那のそら

   烏三疋杉をすべり

   四疋になつて旋転する

 

 


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