なぜ吠えるのだ、二疋とも

   吠えてこつちへかけてくる

    (夜明けのひばは鉄のそら)

   頭を下げるは犬の常套(じやうたう)

   尾をふることはこわくない

   それだのに

   なぜさう本気に吠えるのだ

   その薄明(はくめい)の二疋の犬

   一ぴきは病気の錫で

   一ぴきの尾は茶の草穂

   うしろへまはつてうなつてゐる

   わたくしの歩きかたは

   そんなに不正な筈がない

   それは犬の中の狼のキメラがこわいのと

   もひとつはさしつかえないため

   犬は薄明にしづかに溶ける

   うなりの尖端(さき)にはエレキもある

   ぜんたいいつもあるくのに

   どうしてそんなに吠えるのだ

   ちやんと顔を見せてやれ

   ちやんと顔を見せてやれと

   誰かとならんであるきながら

   犬が吠えたときに云ひたい

   帽子があんまり大きくて

   おまけに下を向いてきたので

   吠え出したのにちがひない

 

 


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