靑い槍の葉(挿秧歌)
宮 澤 賢 治
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる。)
雲(くも)は來(く)る來(く)る、南(みなみ)の地平(ちへい)、
そらのエレキを寄(よ)せて來(く)る、
鳥(とり)はなく啼(な)く 靑木(あをき)のほずえ、
雲(くも)の楊(やなぎ)のかくこ鳥(どり)。
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる。)
雲(くも)がちぎれて 日(ひ)ざしが降(ふ)れば
黄金(きん)の幻燈(げんとう) 草(くさ)の靑(あを)、
氣圏(きけん)日本(にほん)の ひるまの底(そこ)の、
泥(どろ)にならべる 草(くさ)の列(れつ)。
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる。)
雲(くも)は來(く)る來(く)る、日(ひ)は銀(ぎん)の盤(ばん)、
エレキづくりのかはやなぎ、
風(かぜ)が通(とほ)れば 冴(さ)え冴(さ)え鳴(な)らし、
馬(うま)もはねれば 黒(くろ)びかり。
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる)
雲(くも)が切(き)れたかまた日(ひ)がそゝぐ、
泥(どろ)のコロイド その底(そこ)に
黒(くろ)くおどりは ひるまの燈籠(とうろう)、
土(つち)のスープを 呑(の)むからす。
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる)
りんと立(た)て、立(た)て靑(あを)い槍(やり)の葉(は)、
誰(たれ)を刺(さ)さうの 槍(やり)ぢやなし、
ひかりの底(そこ)で いちにちひがな
泥(どろ)にならべる 槍(やり)の列(れつ)。
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる。)
雲(くも)がちぎれて また夜(よ)があけて
そらは黄水晶(しとりん) 日(ひ)でりあめ、
ふつといきつくぶりきのやなぎ
雲(くも)にしらしら そのやなぎ、
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる)
りんと立(た)て立(た)て 靑(あを)の槍(やり)の葉(は)、
そらはエレキの 白(しろ)い網(あみ)、
かげとひかりの 六月(ぐわつ)の底(そこ)、
氣圏(きけん)日本(にほん)の 靑野原(あをのはら)。
(ゆれる、ゆれる、やなぎはゆれる。)