山村問答
浅野 晃
この大きな丸太は何の木です？
あ、そいつは
手前の山はたいてい
奧へはいると
しかしずいぶん伐りましたね
あのへんはもう禿げかかってゐる
仕方ないのです
もっとも私のところでは
で、いまは奥山の方を伐ってゐますが
搬出がなんぎだものですから
えらくたかいものにつきます
造材工場はあるのですか
それがないのです
かうして伐り出したのを町まで出して
町で製材して
またここらへも逆輸入するのです
なにしろこのへんは
まだ電気も来てゐませんので
へえ、するとランプですか
魚油なんか使ってゐます
そりゃ不便だ
本なんか読めないです
なにみんな早く寝てしまうのです
青年はそこでかなしく笑み
ちょっと空を見上げたが
まづしいレールの平行線に目をおとすと
まづこの鉄道ですが
こいつを電化したいと思ひますね
さうすればすべてが電化されます
この川の上手にダムをつくればよいのです
いま有志が酪農地帯の建設をもくろんでゐますが
チーズやバターの工場もやれますからね
さうして私たちはオーケストラを組織して
ゆくゆくは交響曲などもやりたいと思ひます
あ、明星があがりました
この峡谷の星空はじつにきれいなんですが
（今夜はゆっくりと御覧下さい）
あれをどよもす音楽がないので
せっかくのふかい沈黙も
聴くものがありません
ここでひとつそいつをやれば
星はいちどに輝き出しますし
とほくの方で木はみんなゆすれますし
天の鋼はすきとほるくらゐ青く光ると思ふのですが―
私たちのエネルギーだって
さうなれば、きっと
数々の獨創をはたらきつくるその筈です