或る日の『宮沢賢治』

                    藤原草郎

 

      (一九二四、八、二〇)

   突拍子のリズムで賢さんがやつてくる

   カーキ色の服をはづませてやつてくる

   午前の国道街は気を付けいだ

   あの曲がり角まで来た

   雲の眼と風の変り様で

   どつちへ曲るかゴム靴に聞いて見ろ

 

   草藪の娘から借りて来た帽子だ

   野葡萄の香りがして来た

   一体あのユモレスクな足どりは

   おれの方を差してゐるではないか

   それ用意だ

   おれの受信局しつかりしろ

   

   象の目つきをして戸口に迫つて来た

   三日月の扉からまつげが二三本出てゐる

   地球の切線の方へと向いてゐる前歯

   唇でおほひかくされるものか

   アザラシに聞いてみるがいゝ

   何だ挨拶などしてゐる

 

   ほほ

   頑丈な手だ

   スケツチブツクを振り廻してゐる あゝ

   その廻転速度を少しゆるめてくれ

   その放射量を減らして貰ひたい

   おれはすでにでんぐりかへつてゐる

 

   八畳の部屋は賢さんで一ぱいだ

   野良の風景であふれてゐる

   よろしい聴かう

   プレストだつてヴイバアチエだつて構はん

 

   あゝ少し待つた

   とてもたまらない

   さう引ツ張り廻されてはおれは分裂する

 

   ぎらぎら光る草原を

   プリズム色彩で歌はされる

   松の葉の尖端を通り抜け

   雲の変化形を一々描き分け

   銀河楽章のフイナーレだ

 

   おれのセロはうなり通しに疲れ

   賢さんのタクト棒だつてへし折れてゐる

   アメーバの感触と原生林の匂ひから

   四次元五次元の世界へだ

   とんでもない心象スケツチだ

 

   賢さん行かう

   ベエトウベエンの足どりで

   イギリス海岸を通つて行かう

   イーハトヴの農場へ

   トマトの童話でも聴きに行かう