〔われ聴衆に会釈して〕

   

   われ聴衆に会釈して

   歌ひ出でんとしたるとき

   突如下手の幕かげに

   まづおぼろなる銅鑼鳴りて

   やがてジロフォンみだれうつ

   

   わが立ち惑ふそのひまに

   琴はいよよに烈しくて

   そはかの支那の小娘と

   われとが潔き愛恋を

   あらぬかたちに歪めなし

   描きあざけり罵りて

   衆意を迎ふるさまなりき

   

   このこともとしわが敵の

   かの腹円きセロ弾きが

   わざとはわれも知りしかど、

   

   そを一すじのたわむれと

   なすべき才もあらざれば

   たゞ胸あつく頬つりて

   呆けたるごとくわが立てば

   もろびとどっと声あげて

   いよよにわれをあざみけり