〔血のいろにゆがめる月は〕

   

   血のいろにゆがめる月は、  今宵また桜をのぼり、

   患者たち廊のはづれに、   凶事の兆を云へり。

   

   木がくれのあやなき闇を、  声細くいゆきかへりて、

   熱植ゑし黒き綿羊、     その姿いともあやしき。

   

   月しろは鉛糖のごと、    柱列の廊をわたれば、

   コカインの白きかほりを、  いそがしくよぎる医師あり。

   

   しかもあれ春のをとめら、  なべて且つ耐えほゝえみて、

   水銀の目盛を数へ、     玲瓏の氷を割きぬ。